自分の選択が人生を変えた話。

駅員 ノスタルジー モノクロ 写真 徒然思うこと

この話は、私が高校生の頃にある大きな決断をした話です。
今でもこの選択は間違っていなかったと思いますし、この決断をしていなければ今の私はいません。
人生で、初めて自己肯定感が上がって自罰的な自分から脱することだけではなく、一生続けたいと思えることが見つかり、そして未来で結婚することにまで結びついてしまった…という出来事でした。
人に馴れ合うことや保身に走ってしまって悩んでいる人の参考になれば良いなと思って書き記そうと思います。

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高校入学時に選んだ部活動

私は、幼少期から周りの複雑な環境などの事情で、引っ込み思案で自分を認めると言うことが出来ない子でした。勉強もあまり出来なかったし、正直、自分でも努力していたとは言い難い感じでした。
そんな感じで生きてきたので、高校も滑り止めの私立校になんとか受かって入学しました。

高校もあまり行きたいと思っていなかったので、3年も通わなくてはならないことに憂鬱さを感じていました。そんな私を見て、母親は「この子、高校辞めるんじゃないか?」と危機感を感じたのか😂「なんでも良いから部活に入れ!」と言ってきました。

母としては、部活をやっていればまだ学校に行く気になるんじゃないか?と思ったようです。部活もあまりやる気がなかったので、まごまごしていると、かなりしつこく言ってきました。

そんな中、同じクラスのAがサッカー部のマネージャーやろうよ!😁と言ってきました。
私が「なんで?」と聞くとAは「だって先輩とかのお世話できるの楽しそうじゃん!」と言ってきました。

…話を聞いていると要は、Aは部活を通して恋人候補を探したいようでした。😓
Aに言われるがまま、マネージャー志望だと顧問の先生に伝えて一緒にサッカー部に見学に行くとサッカー部の先輩が、おもむろに近づいてきて…「喉渇いたな〜!」と言ってきました。

(それって…ジュースでも買ってこいってこと?)私は嫌だったので、ひたすら無視しましたが。

そんなこともあって私は、マネージャーをするのは嫌だな〜!と思ったので、Aには断りたかったのですが、ここで断ったら入学早々、迫害を受ける可能性もあったので、断るのがとても怖かったです。
親に相談しても、「そんなもんはハッキリ言え!」としか言われず…(ごもっともなんですが)

断る理由を見つけよう!

「私は、違う部活に入りたいから、マネージャーはやっぱり出来ない!」と言うことにしました。
しかし、今度は一体なんの部活に入ろうか?と悩み始めました、中学の頃は、絵を描くことが大好きだったので、美術部か漫画同好会に入ろうかと思ったのですが、見学に行くと、どちらもほとんど活動はしていなくて、幽霊部のようでした。どちらかに入ろうと思っていた私は落胆しました。

他に手はないか…と考えていたら、どうやら写真部なら活動が活発なようなので、それなら…と「仕方なく」門を叩いたのが写真部でした。これが、私の人生を変えたキッカケでした。

え!何、ここ楽しいかもしれない!

写真部の顧問の先生に、写真部の見学がしたいと申し出ると、顧問のM先生は私をギロリと睨んで「なんでこんなに遅い時期に来たんだ」と仰いました。その時は、既に4月中旬に差し掛かっていたかと思います。

怖っ!と思いつつ「どの部に入るか悩んでいまして…」とビビりながら答えると「わかった。とりあえず次の火曜に部室まで来なさい」と見学を許可してくれました。

写真部と言えば暗室で現像とかして暗いイメージだ。」みたいなことを書いている雑誌の影響で、「暗くて怖い人ばっかりだったらどうしよう?」と思っていました。

憂鬱な気持ちで、部室のドアをノックすると急にドアが開いて背の高い3年生の男の先輩が出てきて、

「今日見学来た子!?」とその青年は、にこやかに笑って迎えてくれました。

「え…?」と拍子抜けしていると、「入って入って!」と中に案内されて部室に入ると、すぐに暗室があって、ツンと鼻をつくような現像する為の薬品の臭いが部室中に充満していました。

「今日は、見てるだけで良いから」と言われてそのまま見ていると部屋が暗くなって写真の現像が始りました。部屋は暗いのに、みんな冗談を言ったりまるで遊びながら部活動をやっているようでした。
何?ここ、思ってたのと全然違うかも!楽しい!👍と思えた見学会でした。


そして、私は勇気を振り絞って「入部したい部があるからマネージャーは出来ない!」と思い切ってAに伝えることが出来ました。すると、意外と呆気なく「いいよ」と言ってくれましたが…
後からサッカー部がランニングしている様子を見ながら「ここにいるはずだった…」とチクリと言われるくらいでした!そんなにやりたければ、独りでも行ってやればいいのに!😂と思いましたが、多分無理でしょうね。そんなに甘いもんじゃない!とサッカー部の顧問の先生も仰っていたので。

渡された1本のフィルム

暫くすると、顧問のM先生が「このフィルムを渡すからとりあえず1本撮ってきなさい」と仰いました。
私は、入部を許可されたと思い、すっかりウキウキでフィルムを受け取って25枚撮りのフィルムをあっという間に撮ってしまいました。その中の一枚が、なんとその年の写真の県大会コンクールで、優秀賞を取ってしまうとは、その時は思っていませんでした。
後から分かったのですが、渡されたフィルムは、実は入部テストだったようです。なんと2年生になってから知りました。😂(先生も当時は何故かハッキリとテストとは言いませんでした)

その賞を取った写真もあってか、私は入部することが許されたようです。
それから、作品作りも現像の腕もメキメキと上がって褒められることも多くなり、私の自己肯定感は上がりまくりました。

見学していた時は、遊んでいるように見えた先輩たちでしたが、写真の腕とセンスは光るものがあり、県大会では、毎年最優秀賞や優秀賞を総なめにしている部だと知り、そのギャップにも驚かされました。遊んでいると言うより、活動を楽しんでいると言ったほうがいいかもしれません。写真部に入部してからと言うもの、高校生活がとても充実したものになりました。

卒業してからも写真を続けよう!そして起きた奇跡

高校を卒業してから、私は写真ではなく、目で見て耳で聞いて、舌でも味わえると言う総合的にものづくりが出来る飲食の世界に進みました。それでも写真の創作だけは、辞められなくてずっと続けようと決心していました。

ある日、友人からある画家さんの展示会に誘われました。その画家さんは、友人の大学の先輩でした。
その展示会にお邪魔すると、現れたのは友人の先輩ではありませんでした。
「こんにちは」と優しい笑顔で挨拶してくれたその人の顔を今でもハッキリと覚えています。
その方は、友人の先輩と二人で合同で展示会をされていたGさんと言う方でした。
友人の先輩の絵も素晴らしかったですが、Gさんの絵も可愛らしい漫画から写実的な絵まであって
とても魅力的な作品ばかりで、すっかり気に入り、Gさんの絵を購入することにしました。

その時に、自分も写真を撮って写真家として活動していることを伝えると随分と話が弾みました。
それから数ヶ月後、Gさんから県の美術展示会に誘われたのをきっかけにお付き合いすることになり…
それが、今のパートナーだと言うわけです。

Gさんがどうして私を誘う気になったのか。
パートナー曰く「そういえばあの子、写真やってるって言ってたな。ちょっと誘ってみるか!」と思ってくれたようです。

私が、自分で決めて勇気を出して同級生に馴れ合うことをせずに、写真部に入ることを決めなければこの奇跡は起きませんでした。

今でも、自分の選択は絶対に間違ってなかった!と自信を持って言えます。
今は、写真活動だけでなくコラージュ作家としても活動していますが、それも写真活動をしていなければ、決してやらなかったことだと思いますし、その活動にも生き甲斐を感じています。

そのきっかけをくれた私の母と、私に頑張れる環境を与えてくれた父や顧問の先生、先輩方、パートナーに出会うきっかけを作ってくれた友人、そして私を選んでくれたパートナーに感謝の意を込めてここに書き記しておこうと思います。読者の皆様もここまでお読みいただき、どうもありがとうございました。

※このブログ記事のトップの写真は、高校2年生の時に県大会で優秀賞を獲得した「始発駅」と言う私の作品です。私の写真家人生は、ここから始まりました。

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