ー後日ー
それから神木は、何となく美栄子の店に行きづらかった。
大変な状況の上に、デリケートな事に触れてしまい、自分の頼み事をするなんて非常識じゃないか?とぐるぐると考えつつ、美栄子の店の前を行ったり来たりしていた。すると、
プルルルルーーー♪と神木のスマホが鳴った。画面を見るとい美栄子からの電話だった。
神木は、少し躊躇った後に、電話に出た。
『ちょっと何してんの?今、何処に居んのよ?約束の時間過ぎてんだけど?私も暇じゃないのよ!』
「あ…すみません、スグに行きます。」
慌てて店のドアを開けて2階の階段を上がって占い室に入った。
「何してたの?」美栄子が眉を顰めている。
「すみません、何となく来づらくて」
「は?なんで?」
「えっと…」と言葉に詰まっていると
「まさか、こないだのこと気にしてるの?」
「え」
「やっぱり!そんなこと気にしなくていいのよ!そういうこと気にされたら逆にこっちが気イ遣うわ」
「は…」
「私にとってはね、この生活は日常だし母のことももう気にしてないから。小さい頃からいないんだし、ほとんど覚えていないから初めからいないのが当たり前だったしね。」
「はい、すみません」
「ん。で、例の話だけどあれからなんか進展あった?」
「えっと、あれからまた母が夢に出てきました。」
神木が気にしているのは、美栄子の今の家庭環境だけではない。彼女にも母がいない事だった。
平気なふりをしているが、幼少期から母親がいないということは、少なからず人生に影響があるのは容易に想像できたからだ。
「で、何か言ってた?」美栄子は、なんでもない様子で続けた。
神木は、あっけに取られつつ頭を掻きながら
「また、ずいぶんお金がいるから来るのが遅くなっちゃったって言ってましたね。」と言った。
「また、お金お金って言ってたの?」
「はい。」
「そのお金とやらがなんなのか、ズバリ聞いてみたりしたことあるの?」
「うーん…聞いても何か毎回はぐらかされるっていうか、ハッキリとは言わないんです。
抽象的なことを言われるというか。」
「抽象的?」
「お金はねえ、貯めるのが難しいとか、物体があるわけじゃないとか」
「はあ…他には?」
「お金の量を沙汰する人が居るとか」
「誰かに、それを納めてるってこと?」
「そうかもしれません」
「カーーーー!死んでからも納税とかあんの?信じらんない!」美栄子は、額に手のひらを乗せて天を仰いで頭を振った。
「そうなんですよ。でも、その税を納めるにしても、何に使ってるんですかね?食べ物もないのに」
「そこなんだけどさ、やっぱあるんじゃない?食べ物」
「え?あの世に?」
「そう!黄泉の国にも食べ物があるっていうじゃないの」
「ああ…古事記の神話の」
「そう!それよ!だから、死んでもあの世で食べないといけないんじゃない?」
「んーーー…でもしっくり来ないんですよね。」神木は、顎に触れながら言った。
「何でよ?」
「いや、何となく。しかも、それ神話だし。」
「そうだけど!何となくじゃ納得できないわよ!せっかくいい答えに辿り着きそうなのに!」美栄子が膨れて抗議すると、神木が話を遮った
「さっき、母が物体があるわけじゃないって言ってたって言いましたよね?だから、お金って言ってもやっぱり僕らの世界みたいなお金じゃない気がするんですよ。」
「んん。何か振り出しに戻ったみたい。」
「お金ではない何かを貯めてそれを差配する人が居るのは確かみたいです」
「はあ、その偉い人は一体何を求めているのかしら?貯めるのが難しいものを求めるなんて強欲よねー!」
「僕、思うんですけど、それってお金じゃなくて『徳』なんじゃないかと。」
「徳?」
「儒教などの東洋思想に顕著な考え方らしいですけど、善行を積んだら徳が貯まって行って、満杯になると良いことが起きるんだそうです。」
「徳を積むってこと?」
「そうです。だからお金=徳なのかなって」
「ああ、なるほど徳ね。それを貯めて貯まったら、下界へ降りられるわけか。何かそれならしっくりと来るわねえ。」
「はい、やっぱり徳なんですかね?」
「うん。でも、それを確信するには、どうすればいいんだろう?裏付けが欲しいわ。」
「また、母に聞いてみますかね?」
「でも、お母様、はっきり言わないんでしょ?ていうかさ…言えないんじゃない?」
「言えない?何でですか?」
「それは…」
生命の沙汰 続
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