美栄子は、英子の過去を知ってしまってからしばらく寝込んでしまった。
あれから1週間は経ってしまった。店の予約も全てキャンセルだ。大損失だ。
英子と神木から何度もスマホに連絡が入っていたが、返せる気分でもなかった。
最低限の家事と父親の世話だけは、辛うじて行っていたが、それ以外は寝床に転がっていた。
ピンポーーーーーーーーーん!
家に、呼び鈴が鳴り響いた。
ううんと唸って父には、出なくていい!と叫んで布団に潜った。
すると、キッチンのあたりで、カチャかちゃと音がした。
ん?と思っていると玄関のドアが、ガチャリ!と開いたかと思うと「どうぞ」と父の声が聞こえた。「!?」驚いていると自室のドアが開いて父が入ってきた。
「な、何?!いきなり開けて!」と叫ぶと父の背後から、神木が申し訳なさそうに会釈をした。
「ちゃんと、話してみなさい」
父は、それだけ言って神木を部屋に残して去っていった。
神木は、慌てて父に会釈をして見送った。
神木の手には、トレーに乗った紅茶が二つ並んでいて小皿には、クッキーが乗せてあった。
どうやら父が気を利かせて持ってきてくれたようだった。
あの人って、こういうこと、するんだっけ?と、ぼんやりと神木を見つめていると
「すみません。押しかけるつもりなかったんですけど、お父さんが…」と神木が慌てて取り繕った。
「いいのよ、こちらこそごめんなさいね。ずっと連絡くれてたのに」
「いえ!お店の予約ページも、お休みのままだし何かあったのかと思って心配で、つい」
「ああ、あの予約ページの事も、詳しく教えてくれて、本当にありがとね。占い師専用の予約サイトとかあるの知らなくて、でも、そのおかげで、予約しやすくなったってお客さんにも大評判なの。でも、こんなに休んじゃあね。ごめんね」
「いえ!大丈夫ですよ!お客さんたちも先生に何かあったんじゃないかって心配してる声ばかりで!特に英子さんが先生が倒れたこと書いてフォローしてくれてたので。」
「え?英子さんが?あの日のこと書いてるの?」
「はい、詳しいことは伏せてますけど、先生が過労で、お倒れになったって、英子さんのブログとクークルレビューにも書いてくれてるんですよ。ほら」
神木が、スマホをグイッと目の前に持ってきて見せてくれた。
英子のブログとレビューには、長文で丁寧にフォローの文章が書き込まれていた。
神木は、英子さんとは、予約サイトで連絡を取り合って知り合っていたようだった。
「英子さん…」目の前が、涙で霞んでしまった。
しばらく俯いて、大粒の涙をぼろぼろと溢した。その間、神木は黙って待っていてくれた。
「ごめんね、実は…」と、美栄子は、英子のチャネリングで見えたことを伝えた。
と言っても、散文的なことだけを伝えて詳しいことは、控えた。
「ごめん、詳しいことは言えない。でもとにかく英子さんのデリケートな過去にガッツリ触れてしまってダメージを食らった。安易に触れることじゃなかったのかもしれない。」
美栄子は、目の涙をぐいっと拭いながら言った。
「そうだったんですね。人の過去を背負うって、本当に重いものですよね。」
神木も項垂れた。長い前髪が、眼鏡を覆っていて表情がよく見えなかったが、曇っているようにも見えた。
美栄子は、迷っていた。
このことを言うべきかどうか。
「美栄子さん?」
神木が、心配そうに美恵子の顔を覗き込んだ。
「あ、ああ。なんでもないの。本当に、大丈夫だから。こんなに休んじゃったし、そろそろ仕事も再開させなきゃね!ショック受けてる場合じゃないわ!」と、美栄子は、紅茶をぐいっと飲み干した。
美栄子は、しばらく神木と何気ない雑談をしてから彼を見送って明日から予約を再開させると約束して別れた。
しかし、神木と話している間も、あのことが気になって仕様がなかった。
言いたかった。言うべきなんだろうと思った。でも、自分が言ってしまっていいのかわからなかった。
「ねえ、父さん。今日のご飯も出前とかでいい?明日からちゃんとするから…」
美栄子は、父の部屋の暖簾を上げながらそう呟いた。
「ああ、それでいいよ。明日からも、無理すんな。仕事だってあるんだし」
父は心配そうにそう言った。
「うん、ありがとう」父が仕事の心配をするなんて珍しいと思っていたら
「美栄子」
父が、上目遣いで真剣な眼差しを向けてきた。
「な、何?」
「お前が信じていることなら、やってみなさい」
「!!!!!!」
美栄子が驚愕して目を見開いていると
「お前が、何か迷っていることくらい分かるよ。でも、それが誰かの助けになるならやってみればいい。寧ろやるべきだろう」
「助けっていうか…」
人の過去を覗こうとしたことが、人助けだなんてとても言い出せなかった。
俯いて黙っていると、父が急に口を開いた。
「仕事のことだけど。」
「え?」美栄子は、顔をあげて父を見た。
「ずっとお前の仕事の話を避けてたのはな、実は、お前の母さんのことがあったからなんだよ」
「お母さんのこと?」
「ずっと話してなかったけどな、お母さんの家系は、代々イタコの家でな」
「ハ?」
「ご先祖は、神主だし昔から神がかったことばかりやってたんだよ」
「それで…ちょっとしたトラブルがあって、それでお母さんが居ないんだ」
「ていうか、情報量が多すぎて受け止め切れないんだけど」
「あ、ごめん。とにかく、そういう関係のことでお母さん行方不明になっちゃってな。お前には出来ればそういう道に進んで欲しくなくて、母さんのことも家系のことも一切話さなかったんだけど、結局お前は、占い師になっちゃうし、やっぱり血は争えなかったってことかなあ。」
「えええ…で、お母さんは、なんでいなくなっちゃったの?」
「それは、わからない。ある日突然、除霊に行くって云ったきり戻って来なくなった」
「ええ!?そうなの?」
「うん。だから母さんが今どこにいるのか、死んでるのか生きてるのかもわからないんだ。捜索願いも出したんだけど、見つからなかったから今は、戸籍上は、死亡扱いになってる。」
「そうだったんだ…。」
「俺は、こんな体だし、お前が大学卒業するまではお爺ちゃんの遺産もあったからなんとかやって来れたんだよ。今は、お前に苦労かけっぱなしだけどな。」
「それはいいんだよ!なんだかお母さんのことも気になるな。生きてたらいいな」
「そうだな。お父さんも会いたいよ。ずっと言えなくてごめんな。」
「いや…」
私は、初めて母や母が不在になった理由を知って動揺すると共に、なぜ今更?という気持ちもあって混乱していた。
しかし、父の気持ちもわかる。妻が突然蒸発してしまったのだから、無理もない。
おいそれと、その原因も言えないだろう。
「とにかく…ちょっと色々と考えさせて。お母さんのことも整理したいし」
「わかった。ごめんな、悩んでるときに、急にこんな話をして。でも、お前の仕事にもつながることだと思って話したんだ。」
「ううん。いいの」
「本当に、大丈夫か?これ、お母さんのご先祖のことが書かれている家に伝わる家学(かがく)の本だよ。何か解決の糸口になるかもしれない」
父は、美栄子に古書を渡してきた。
黄緑色の本は、紐で縛ってある古書で、表紙には短冊のように切られた半紙が貼ってあって、筆で何か書かれている。古い文字で読めなかった。
「古書だから、解読するには、専門の大学とか図書館の司書に聞くかして見たらいいと思う。」
「うん、わかった。ありがとう。」
「それとな、これも。」
父は、ポケットをゴソゴソと探って一枚の名刺を手渡した。
墨で、郷照寺幸成(ごうしょうじ ゆきなり)とだけ書かれている。
裏には、住所と固定電話が書かれていた。
「父さんの古い知り合いだ。母さんも知ってる人だよ。困ったことがあったらいつも二人でこの人に相談とかしてたんだ。お前も頼ってみなさい。お父さんの名前を出したらわかってくれると思うから。」
父から受け取った名刺を持つ手が、じん。と熱くなるのを感じた。
生命の沙汰(8)へ続く!
先読みは、こちら!!
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