翌日から、美栄子は占いの仕事を再開した。
英子も心配してメッセージをくれた。しかし、最近仕事が忙しくて美栄子のところへは行けない旨を伝えてきた。
美栄子は、正直ホッとした。あのことを話さずに済みそうだったからだ。
週末の最後の客を鑑定してから神木に連絡を入れた。
「今日の18時半に、占い部屋に来てください」
美栄子は、英子のチャネリングで見た「あのこと」を神木に話すかどうか迷っていた。
約束の時間まで落ち着かなくて紅茶を淹れたり、皿にクッキーを並べたりして神木を待った。
ピンポーン!と占い室の呼び鈴が鳴った。
美栄子は、思わず「ビクッ!」として肩をすくめてしまった。
すぐに、ブンブンと頭を振って、両手で頬をピシャリぴしゃりと2度ほど打ってインターフォンに出た。
「どうぞ。」
しばらくすると、神木が占い部屋に入ってきた。
「美栄子さん、復活おめでとうございます!」神木が、手に紙袋を下げて現れた。
「な、なに?それ?」美恵子があっけに取られて聞くと
「いやーこれ、美栄子さんにいいなあと思って買ってきたんですよ。ほら!快気祝い!」
神木が茶色い紙袋から細長い箱を取り出した。
「開けてみてくださいよ」神木が目を爛々とさせて箱を美恵子に渡した。
「な、なにかしら?」美栄子は不思議そうに箱をそっと開けるとそこには、掛け軸のようなものが箱に綺麗に収まっていた。
そっと手に取って掛け軸をスルスルと広げてみるとそこには、
掛け軸には、立派な水神の白い龍が描かれていた。
「!!!!!!」美栄子は、思わず目を見開いて驚愕した。
「ね!素敵でしょう!額縁屋さんで見つけたんです。なんだかこの占い部屋にも合いそうだなと思って!縁起良さそうですしね」神木が嬉しそうに美栄子の顔を見ると
美栄子は、大粒の涙を溢していた。
「み、美栄子さん!?」神木が驚いて言った。
美栄子は、掛け軸の龍の絵を見つめたまま涙が止まらない様子だった。
「や、やだなあ。そんなに感激しなくても、これ額縁屋さんで格安で買ったものだし。あんまり感動されちゃうと」と神木は上目遣いで美栄子を見た。
「、、、、、、、、」美栄子は、片手で目を覆って涙を抑えたまま何も言えなかった。
美栄子は、ひとしきり泣いてから椅子に座って紅茶を一口飲んだ。
「美栄子さん。少しは落ち着きました?」神木が紅茶のカップを持ったまま聞いた。
「うん、ごめんね。」美栄子は、グスッと鼻を啜りながら答えた。
「あの龍神の絵は、とても素敵で嬉しかったのもあるんだけど、実は、あの龍の絵とそっくりな龍が英子さんの背中に居たの。」
「え!?そうなんですか?そんな偶然あります!?」
「だから驚いちゃって…」
「それで、泣いたんですか?」
「いや…それがね。そうじゃなくて…」
美栄子は、一時迷ったが意を決して、顔を上げて神木を真っ直ぐに見て伝える事にした。
「英子さんはね。あなたの婚約者だったの」
神木は、それを聞いて目を見開いていた。
「これから話すことは、大事なことだからしっかりと落ち着いて聞いてほしい。」
今から何年前の話なのか。はっきりと年代はわからないが、昔の中国に小さな村で教師として働いている男女がいた。
男と女は、恋人同士で仲睦まじい関係であった。
しかし、ある日、女は重い血の病に犯されてしまった。
それを知った男の両親は、病気が子供に遺伝するのを恐れ、女を忌み嫌い迫害して二人は別れさせられてしまった。
男は、両親が探してきた別の見合い相手と早々に結婚されられてしまった。
女は、酷く嘆き悲しみ、そのせいで病はさらに進行し、毎日毎日血を吐くようになってしまい、日に日に痩せ細って、衰弱してしまった。
当時の医学では、手の施しようがない不治の病であり、女の両親もなす術もなく…
「誰か助けて!私は…私は死にたくない!私は、あの人と!!!」
女は遂に、亡くなってしまった。
男は、風の噂で女の死を知ったが、両親に家に縛られ何も出来ずに新しく迎えた妻と仕方なく家庭を築いて生きていくしかなかった。
時が経ち…男の両親もこの世を去り、男も年老いて寝たきりとなって床に臥せっていた。
子供と妻に囲まれて今まさに、息絶えようとしていた時、男の脳裏にあることが浮かんだ。
別れたかつての恋人である女のことであった。
あの時、両親を振り切って捨ててでも彼女の元へ走らなかった己を悔やみ、大粒の涙を溢しながら
「来世では、あの女(ひと)と一緒になりたい…!」と願いつつ男は、あの世に旅立ったのであった。
「それが、あなたと英子さんなの」美栄子は、ひとしきり二人の昔話をしてからそう呟いた。
「そ、そんな…そんなことって」神木は、怯えながら美栄子を見ていた。
「美栄子さんの背中には、白くて大きな龍神がいるの。彼女を守ってる。そのオーラが貴方を引き寄せているのね。だからあの掛け軸を貴方は選んで、私の元に来たのよ。」
「だから…」神木は、全て繋がって合点がいったと言うように言った。
神木は、ハッとして掛け軸を見た。
「龙星星」(ロンシンシン 龍星)
と、掛け軸に落款印が押されていた。
「これって、もしかして僕が描いたんでしょうか。」神木は、掛け軸の絵をしげしげと見つめた。
「そうね。でも厳密に言うと絵画の先生に指導してもらいながら描いたようね。この白龍は英子さんそのものをイメージして描いたみたいね」
美栄子は、掛け軸に手をかざしながら目を瞑り、何か感じ取っているように言った。
「時を超えて、巡り巡って美栄子さんのところへ来たんですね」
神木は、白龍の絵を見つめながら沁み沁みと言った。
先読みは、こちらから!
1話は、こちら!
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