生命の沙汰(11)

連載小説

美栄子の目が覚めると、いつもの見慣れた天井が見えた。


美栄子は、ぱちくりと瞬きをしてから頭を横に向けると、そこには神木と英子が手を繋いでコクリコクリと、お互いの頭を寄せ合って居眠りをしていた。

(あれ…なんで二人とも此処に?)とぼんやりとした頭で考えながらふと、壁に掛かったカレンダーを見ると、なぜかもう来月のカレンダーに変わっていた。

あ、あれ!?」と思わず叫ぶと、神木と英子が、ハッ!と目を覚まして美栄子を見た。

「美栄子さん!気が付いたんですか!?」神木と英子が慌てて美栄子に駆け寄った。

神木から話を聞くと、美栄子は、公園でまた急に倒れてしまって、それからなんと2週間も眠っていたと言うのである。


「あ、仕事は…!」と頭を抱えて美栄子が起きあがろうとすると、神木がすかさず言った。

「美栄子さんは、今はそれどころじゃないでしょ!仕事は、僕が予約サイトにログインして予約はキャンセルして新規の予約も取れないようにちゃんと処置しておきましたから!」
神木は、起きあがろうとする美栄子の肩を掴んで寝かせようと促した。

「そう…何から何までありがとう。でも、こんなに頻繁に休んだんじゃ商売上がったりね。」美栄子は、ため息をついた。

先生…すみません!」英子が大粒の涙を零しながら頭を下げた。
「え?!なんで?」美栄子が慌てて英子を見た。
「だって、私のせいで、2度もこんな目に遭わせてしまってお仕事も…先生は何も悪くないのに」英子は、目を擦りながら泣きじゃくった。

「英子さんのせいじゃないよ」神木は、優しく英子の両肩に手を置いて慰めた。

「そうよ!英子さんのせいじゃないわ。今回のことだってあれは…!」と美栄子が言いかけたが、どくん。と胸騒ぎがした。

「美栄子さん?」神木が、不思議そうに美栄子の顔を見て言った。

あの心底に渦巻いていた強く黒い力は、一体なんだったのだ?



美栄子は、倒れた当時のことを思い返してみた。が、身震いしてどうしても思い出せない。

己の肩を両腕で包み込んで、ガチガチと震えた。

「み、美栄子さん…」神木は、何か慰めの言葉を探したが、気の利いたことが何も浮かばなかった。

その時だった。美栄子の部屋に、静かに誰かが入ってきた。

美栄子の父だった。
「ごめん、神木くん、英子さん。美栄子と二人だけにしてくれないかな?」
美栄子の父が言った。

「あ!はい。すみません、長いことお邪魔してしまって!」神木が目を伏せて慌てると
「いや、いいんだよ。こちらこそ、二人とも半月も美栄子と僕の世話してくれてありがとうね。二人が介護士で、すごく助かったよ。仕事もあったのに、交代でウチに来てくれて…本当に、大変だったろう。また改めてお礼させてください」と、美栄子の父は二人に深々と頭を下げた。

「い、いや、いいんです!寿郎さん!美栄子さんには僕らもめっちゃお世話になってるんで!」
神木が顔を真っ赤にして手を振って言った。

「父の世話までしてくれてたの?本当にありがとう。」美栄子も深く二人に感謝した。

神木と英子が恐縮しながら帰っていくのを見送ってから、寿郎は美栄子の前に椅子を置いて座った。

「美栄子、あの名刺まだ持ってるか?」

「名刺?」
「ほら、郷照寺さんの。前に渡したろ?父さんの古い知り合いの…」
「ああ!あの人のね。持ってるけど?」
「郷照寺さんに、一度相談しなさい。多分、お前だけではこの件は、手に負えないと思うよ」
「え?」
「倒れたのも、これでもう2度目だろ。またこんなことがあってもいけないし。」
「うん、でもこの人、なんなの?何してる人なの?」
「お母さんとお父さんの師匠みたいな人でな、神社の神主で、霊媒師みたいなこともやってる」
「れ、霊媒師!?」
「いや、霊媒師は本業じゃないよ。本業は、神主だから。お母さんのこと見込みがあるってすごく可愛がってくれてたんだよ。」
「見込みって、イタコとしての?」
「イタコとしてっていうか、神職としてのかな。ご先祖は室町から続く神主の家だからな。」
「そう、なんだ…」

美栄子は、父の寿郎から貰った名刺をパスケースから出して見つめた。

名刺を持っていると、やはり以前感じたように、じん。と指が少し熱くなって不思議と心も落ち着いた。

「わかった。店もしばらく休みにしてるから早めに相談してみるわ。お父さんの名前出したらわかってくれるかな?」
「多分、行ったらすぐにわかってくれると思うよ。」寿郎が笑顔で言った。

翌朝、美栄子は郷照寺幸成の元に、向かうことにした。
郷照寺の神社は、K県の山奥深いところにあって、神社に続く石段も300段を超えていて行くのに随分と難儀した。

「はあ、はあ、はあ、」病み上がりに美栄子の体には、相当堪えるものであった。

やっと神社の入り口に差し掛かって、大きな赤い鳥居が見えてきた。

鳥居の横に聳え立っている大きな石の板には、水龍神神社と書かれている。

美栄子は、立派な鳥居を潜って、更に石段を上がってやっと本殿に辿り着いた。

本殿まで真っ直ぐ伸びている石畳を歩いて本殿の前の賽銭箱の前に立ってキョロキョロと辺りをを見渡したその時だった。

よう、いらっしゃったな。神田美栄子殿

と頭上から落ち着いた老人のような声が聞こえた。

「え?」美栄子が、声の主の方へ目をやろうと、頭上を見上げると…

生命の沙汰(12)へ続く!!

先読みは、こちらから!

1話から読みたい方は、こちらから!

コメント