すっかり満潮になっているだろうと思った。
ものすごい風が吹き荒れていて、とても寒い冬の日だった。
美栄子と英子は、伝説の神社へ行って参拝をし、人魚のご加護をもらうのが師匠からの使命だった。
二人がほうほうの体で、そこへ辿り着くと、大きな海が広がっていた。
足元をよくみると、海にうっすらと、階段のようなものが見えた。
階段の淵まで波が来ていて、海の底に伸びる階段の先は暗くてよく見えなかった。
どうやってこの先にいくのか?無事に辿り着けるのか?と靴と靴下を脱いで、とりあえず腰かけて海に足をつけてみた。当然の事ながら、物凄く冷たい!
真冬の風は、ごうごうと音を立てて海面を打ち付け、波は、大きくうねって高く揺れていた。
二人で、呆然として海の底を覗いて身震いして迷っていると、一人の中年の男がそばにやってきていきなり階段から海に、ジャバン!と飛び込んでしまった。
「えっ」と思っているうちに、男は、すいっーーーーーーーーと泳いで海の底に消えてしまった。
嘘でしょ?と思って先を越されてしまったなと困惑してどうすればいいのか…と考えていると、ふと急に脳裏に浮かんだことがあって、「あっ!」と美栄子が叫んだ。
「な、何?どうしたの?」英子がビクッとして美栄子を見て言った。
「そうだ、思い出した!ここでどうやってお社まで行ったのか。」
「えっ!?ここに来たことがあるの?」
「うん、お社まで行くには、干潮の時だよ!それだとすんなり行けるはずだよ!」
「それじゃ、干潮になるまで待てば行けるってこと?あの男(ヒト)なんでそれまで待てなかったんだろう?」
「多分せっかちなのか、知らなかったんだと思う。」
それから干潮の時間まで待ってから二人でいざ、お社へ向かうことにした。
すっかり波が引いた濡れた階段の下に、ぽっかりと口を開けたような穴があって、底に海水が溜まっていて、その周りには、ぐるりと道ができていて、その数メートル先に、鳥居、その先にお社があった。本殿の両端には、狛犬ではなく人魚が鎮座していた。海の下にあるので、全て石造りだった。
先に泳いで行った男は、どこにも見当たらなかった。
満潮になるまであと2時間しかないけど、ご加護をもらうまでは、時間がありそうだった。
じっとりと海水に濡れた石の階段に、グッと足を踏み締めて慎重に進んで行った。
階段を降りて穴あき池の周りの少し薄暗い道を歩いて足の元が少しヌメヌメとしているのがわかった。鳥居を潜ってお社に着くと普段は、海の底に沈んでいるはずの石造りの鳥居もお社も人魚の石像も意外にも綺麗で、海綿なども付いていなかった。
お社の両脇に鎮座している人魚は、シュッとしたプロポーション…ではなく、まるまるとしていて、鱗の部分は、それぞれピンクと赤の塗装が施されていた。
お社自体は、薄い水色をしていて、真ん中には金色の扉がついていた。
英子は、美栄子の後ろにずっとしがみつきながら歩いていた。
「ちょっと、そんなにひっついてたら歩きにくいんだけど?」
「だって…」
英子は、すっかり怯え切っていた。
確かに、この海の底にあるお社は、少し不気味だ。
一体いつ頃、誰が何の為にこんなところにお社を建てたのかは、師匠にもわからないらしい。
神社というのは、大抵険しい山の上とか、とてもない数の石段の先とかにあるものだが、海の底にあるお社は、聞いたことがない。
意を決して、お社に一礼をしてから、美栄子が、お社の扉に手を掛けようとすると…
ゴウっという凄まじい音がしたかと思うと、穴あき池の海水が水柱を立てて二人に襲いかかってきた。英子も美栄子も悲鳴をあげる間もなく、海水に飲まれてしまった。
そのまま、波に流されて海底へと二人は引き込まれていった。
気がつくと、美栄子は布団の上に居た。ぱちくりと瞬きをして、顔をゴロンと横に向けると隣に英子が寝転んでいて、彼女は、スヤスヤと眠っているように青白かった。
美栄子の髪が、少しだけしっとりと濡れて、何故か磯の香りがしたような気がした。
そのまま、美栄子は、また永く深い眠りについてしまったのだった。
終。
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