翌日から美栄子は、自分のお客の中から死んでから生まれ変わるまでの期間の記憶がある人を探ることにした。お客さんの思考を勝手に探るってのは気が引けるけど…少しだけ!とこの時は、完全に魔が差していたと自分でも思う。
ピンポン♪
今日予約が入っていたお客が来た。いよいよ開始だ。
「はい、どうぞ。扉の鍵は開いてますのでどうぞ」美栄子はインターフォン越しに応えた。
暫くすると、占い室の扉が開いて、黒くて長い髪が印象的な女性がゆっくり部屋に入ってきた。
「ようこそ、おいでくださいました。お掛けください。」美栄子が円卓の前の椅子に座るように促した。
「あ、ありがとうございます。今日は宜しくお願いいたします。」女性は、少し緊張して言った。
「そんなに固くならないで、リラックしてください。今、ハーブティーを入れますね。」
美栄子は、占い室に併設してあるキッチンに消えてからガラスの丸いポットとカップを持って戻ってきた。
「はい、どうぞ〜!」とガラスのティーカップに薔薇のハーブティーを注いだ。
部屋いっぱいに、優雅なバラの香りが広がっていく。
「とっても良い香りですね。」女性は、目を瞑ってスウーっとハーブティーの香りを吸い込んだ。
「で、しょう?このハーブティー、おすすめのハーブティー専門店の茶葉なんですよ」
「そうなんですか?後でお店の名前教えていただいても良いですか?」
「もちろんです。さて、お名前は…御崎英子(みさきえいこ)さんね」
「はい。ちょっとこれからの結婚運を見て欲しくて…」
「わかりました、占ってみるので暫くそのままでお待ちください…」
(定番の相談ねえ。そんなに結婚したいかね?)美栄子は、内心いつものか。と思いつつタロットカードを取り出して、占いを始めたが、密かに英子にチャネリングもしてみた。
タロットカードを切って広げて暫く目を瞑り、その間に彼女の内面を見ていくことにした。
もやもやと、英子の前世の画が見えてきた。
早朝の池のほとりに、英子が立っている。霧が濃くて英子は、ぼんやりとしか見えない。
手には、桶を持っていて屈んで池から水を汲んでいる。
家に入って英子は、朝粥の調理に取り掛かった。
「おはよう」
英子が振り返ると、家の入り口に一人の青年が立っている。
「おはよう、今日は早いのね」英子が答える。どうやら知り合いのようだ。
「今日は、学校で子供達に先に伝えることがあってね。君は、今日は?」
「私もいつもよりは少し早いの。だから朝粥を食べたらすぐにいくわ。」
「うん、じゃあ後から…」と青年が英子に近づいて彼女の頬に手をかけて軽く引き寄せて口付けた。
『!!!!!!!この二人、恋人なの?』美栄子は、驚いた。
二人の生活を見ていると二人は同じ学校に通う教師で、恋人同士だということは、周りには内密にしているらしかった。
ここまでの画が見えて、突然つぷり。と切れて真っ暗になった。
今日みれる画は、ここまでらしい。もちろん、はっきりと映像的なものが見えるわけではなく、なんとなく、その人のオーラの色の中に、其処に誰が居るかとか、何かがあるとか、誰かの声が聞こえてくるなどのぼんやりとした感覚的なものが見えるのである。
「先生…どう、ですか?」英子が不安そうに美恵子の顔を覗き込んで尋ねた。
「ごめんなさいね、占いもしてるんだけど、あなたの気が強くていろんなことを感じ取ってね」
「気…ですか」
「うん、あなたからは強い強い陽の気が、出てる。背中に龍を背負ってるのが見える。だからかなりの強運の持ち主かも。結婚もうまくいく暗示が出てます。」
「本当ですか!?」英子は、嬉々として言った。
この見立ては、嘘ではない。英子には確かな不思議な力がある。何か強い強い思いを持ってこの世に転生してきているのは間違いなさそうだった。それが、彼女の強運を生み出しているのである。
美栄子は、英子の力自体にも強い関心があった。なんとかこのまま通って欲しいが…と思いかけていた時だった。
「先生、私また来ますね!なんだか勇気をもらえた気がします!そうだ。今度婚活パーティー行くんですけど、何かアドバイス的なことないですか?」
「(これは、チャンスだ!)そうねえ。パーティーの日は、こういう服を着ていくと良いかもしれないわね」美栄子は、彼女にラッキーカラーや幸運アイテムなどを提示して恋の駆け引き的な指南も行った。
英子は、満足そうにして帰って行った。
美栄子は、彼女を見送った後でも、強烈な英子の気とチャネリングで見たものに圧倒されていた。
こんなに強い思いを持って生まれてきた前世での彼女は、どんな事情があったのだろうか。
神木の依頼も忘れてはいないが、美栄子は、俄然英子に興味が湧いてきた。
美栄子は、チャネラーとしてもかなり修行を積んできているので、ある程度のオーラや過去などが見えて、客側の記憶などにも辻褄の合っていることも多かったので、プロだと自負している。
次回は、英子に質問を投げかけてもう少し彼女の過去に踏み込みたいと思った。
彼女が持っている夢や記憶の断片などの情報を得られれば、もっとダイレクトに感じる取ることができるからである。
美栄子は、英子の会える日が待ち遠しくて仕方がなかった。
ピコン♪
美栄子のスマホに、占いの予約が入った通知が来た。
スマホの画面を確認すると、なんと英子である。先週来たばかりなのに、もう予約を入れてくれたのである。こんなに早く!と気持ちを昂らせつつ、なんとか興奮を抑えて予約のお礼の返事をしてその日を待った。
英子がやってきた。美栄子は、何事もないように「婚活はどうだった?」と聞いた。
「それがね、先生。とってもうまく行ったんです!とても理想的な人と連絡交換することができました!」と英子が頬を紅潮させて興奮気味に言った。
「そ、そう。そりゃよかった!ラッキーアイテムも効果てきめんだったのね」
どこまでも運を持っている人だなあと、美栄子は仰け反りながら若干引き気味で英子の話を聞いていた。
「さて、今日は何を占いましょうか?」タロットを箱から出しながら美栄子は英子に問うた。
「それは、ズバリこれからの彼との恋愛運です!!!!」英子は鼻息荒く迫ってきた。
「わ、わかりました。じゃあ、占ってみますね…。」美栄子はいつも通りタロット占いを始めた。
「うーん…」美栄子は、タロットの結果を見ながら表情を曇らせた。
「先生?」英子は心配そうに美恵子の顔を覗き込んだ。
「言いづらいんだけど、今の彼とはうまくいきそうにないかもしれない。」
「えっ」英子は目を見開いて言った。
「ごめんね、でも彼あなたに嘘をついているかもしれない。」
「嘘というと?」
「たとえば、身の上を偽っているとか。肩書きとか生い立ちとか。そういうケが出ているわ」
「そんな…」
「まあ、これはあくまで占いだからね。そう言う結果が出たってだけだから。でも念のために彼の話をもう一度聞いてみても良いかもしれない。最近では、既婚者なのに婚活パーティーとか行って遊んでる例もあるからね。それは、占いとか関係なく気をつけたほうがいいわ。」美栄子は、英子の目を見つめて真剣に言った。
「そうなんですか!それは、酷いですね。確かに、肩書きも家柄も良すぎて完璧な男性でした。抜け目ないっていうか。もしかしたら嘘とまでは行かなくても、多少話を盛っている可能性はあるかもしれません。」英子は、青ざめてそう言った。
「まあ!そこまで深刻にならないで!ごめんね、余計なこと言ったかもしれない、でも気をつけるに越したことはないから。」美栄子は、慌ててタロットを掻き集めながら言った。
「いえ、先生のお言葉がなかったらこのまま絆されて冷静になれなかったかもしれません。もう一度考え直してみます。」英子は、美栄子に頭を下げた。
「いえいえ!気に障らなくてよかった。そうだ!少し質問してもいい?」
「はい?なんでしょうか。」
「ええと、英子さんって小さい頃よくみてた夢とかある?繰り返し見てた夢とかさ。」
美栄子は、遂に更に踏み込んでいこうとした。
「夢…ですか。うーん、夢じゃないですけど何度も不思議なことはありました。」
「不思議なことって?」
「まだ誰にも言ったことないんですけど、子供の頃から、どこも調子が悪くないのに身体がざわざわした感覚があるんです。なんというか、こう、全身の血が一斉に暴れる感じっていうか。」
「え?」
それを聞いた瞬間、赤黒いオーラが英子を包んでいくのが見えた。
そのオーラは、瞬く間に英子を包み込み、彼女の姿は全く見えなくなった。美栄子は、彼女のオーラの中にぐんッと引き込まれてしまった。
『う、うあっ!』美栄子は、目の当たりを腕で庇ってオーラを跳ね除けようとしたが、まったくびくともしないドロっとしたオーラだった。
「苦しい…!!助けて!誰か、、」
赤黒いオーラの底で、誰かが苦しんでいる声が聞こえてくる。
英子だ。
バッ!と明るくなったかと思うと、ぼんやりとした風景の中に、誰かが横たわっていた。
手を天井に伸ばして、時折胸や首筋を掻きむしってのたうち回っている。
英子が、腕を伸ばしたまま、ばたりと寝返りを打った時に、美栄子と目があったような気がした。
「助けて!私は…私は死にたくない!私は、あの人と!!!」
その声を聞いた瞬間、黒いドロリとしたオーラが再び美栄子を包み込み、英子の生前の記憶が彼女を襲い始めた。
「先生!!先生!!!!」
美栄子は、ハッとして目が覚めた。
「よかった!先生、突然倒れたんですよ。どうされたかと思った。」英子が涙目になっている。
「え…私、倒れたの?」美栄子がぼんやりと答えた。
「はい、先生、何か持病をお持ちなんですか?救急車呼びますか?」
「いや、いや、大丈夫!ごめんなさい。ちょっと英子さんの気が強すぎて見えたものがちょっとアレで」美栄子は、動揺しながら体を起こした。
「アレ?」
「いや、なんでもないの。ごめんなさい。ちょっと感じた気が強すぎたからびっくりしちゃって」
美栄子は、取り繕うように椅子に腰掛けて言った。
「そうなんですか。とにかく先生、今日は休んでください。何が見えたのか気になりますけど、それは後日お聞きするってことでいいですか」
「はい…すみませんけど、そうしてくれる?」美栄子は、青ざめた顔で力なく言った。
「また、ご連絡しますね。」英子は、美栄子にそばにあった毛布を掛けながらそう言って帰って行った。
私ともあろう者が…顧客の前で倒れるなんて!大失態である。
でも、あんなに強いオーラ初めてだった。そして、英子さんの過去が、ガッツリ見えてしまった。
あんなこと…とてもじゃないけど言えない。
次に、英子さんが来たらなんて伝えればいいんだろう。
美栄子は、酷く後悔していた。彼女が見てしまったものとはーーーーー?
生命の沙汰(7)に続く
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