誘いの封筒

恐い話まとめ

これは、怖い話です。苦手な方は、ここでお帰りください。

今日も、ここで待ちぼうけだ。一体いつまでこんなことをしなければならないのか?男は、うずくまって頭を掻きながら、項垂れてため息を吐いた。

あれは、暑い夏の日の旅路でのことだった。
道端に、黒い封筒が落ちていた。何気なく、それに目をやってじっと見つめていると急に肩を叩かれて、身体がガクンと揺れた。
振り返ると、御幸(みゆき)が笑って俺を見上げていた。
「何してんの?」御幸が言った
「ああ、これ、なんだろうと思ってさ」と、屈みながら黒い封筒に手を伸ばそうとすると
光輝(こうき)、ダメ!!!」と御幸が俺の腕をグッと掴みながら叫んだ。

「何?なんでよ?」俺は笑って御幸に尋ねた。
「これ、拾ったら結婚させられるやつじゃない?」
「何それ?」
「だから、封筒を拾ったら落とし主の娘とかと無理矢理結婚させられるって風習!」
御幸は、怯えながら俺のシャツをぎゅうっとますます力を込めて握った。
「ちょ…!痛い、痛いって!」俺は、シャツが締め付けられていく腕を大きく振って彼女の手を振り払った。

「でもさ、あれって赤い封筒じゃなかったっけ?これ、黒い封筒だし誰かの悪戯じゃね?」と言いながら、俺は黒い封筒をサッと素早く拾った。
「あっ!!!」御幸は驚愕して声を上げた。
俺は、無視して黒い封筒を開けて中身を確認してみた。

拾ってくれてありがとう!

と短冊の真ん中に、それだけ書かれた紙が入っていた。紙の左端には美しい●○の
絵が描かれていた。

「なんだこれ?でも、なんか綺麗だから持っとこうかな?」
「えーっ?大丈夫なの?」と御幸が、辺りをキョロキョロと見渡しながら心配そうに言った。
「大丈夫だって!何も起こらなかったろ?」と便箋をヒラヒラとさせながら戯けてみせた。
「うーん…」御幸は、まだ不審そうに黒い封筒を見つめていた。

その日の夜。
「ねえ、心配だからこのお守り持ってて。寝る時も枕元に置いておいてね」と御幸が、赤いお守りを俺に渡してきた。
「ちょっと…心配しすぎだって!」と呆れつつも、俺はお守りを受け取った。
でも、御幸は、神社の神主の世継ぎで、ちょっとした感もよく、事故などから何度も奇跡的に救われたこともあったので、渋々ながらも言う通りにすることにした。

そろそろ寝ようかと、ホテルのベットに入ってお守りを枕元に置いて、電気を消して目を瞑った。昼間歩き回って疲れていたのか、すぐに深い眠りに堕ちて行った。

なんだか身体が全く動かないことに気づいた。すると今度は、息が苦しくなってきて、首のあたりが締まる感覚に襲われた。
苦しいながらも、なんとか目をうっすら開けると俺の上に長い髪の女が跨って俺の首をギュウギュウに絞めていた。

な、なんだこれ!?

と驚愕して女を払い除けようとしても身体が動かない。
誰か…助けて!御幸、助けてくれ!!!!と、必死で祈っていると女が俺の枕元を見て驚いてベッドから降りた。

そして、女は、うううっと悔しそうに唸ってスーーーーーーーっと消えていった。
すると、自然と金縛りから解放されて息が出来るようになった。
一体、どうして助かったのか。枕元に目をやると、赤いお守りが少し破れていた。

あ…このおかげだったのかもしれない。御幸に感謝だな。

昨夜のことを、話そうと御幸の部屋のドアをノックした。
どうしたの?」長い髪の女が出てきた。

いつも通りの御幸だった。

「いやさ…昨日さ」
俺は、昨日の経緯を御幸に話した。
「だから言ったじゃん!あれは、いわく付きの封筒だったんだって!」
「結婚させられる!じゃなかったっけ?」
「とにかく!よくないものかもしれないから捨てて帰るよ!」
「え??捨てるの?持ち帰ってお祓いした方が良くない?」
「そうやってなんやかんやで、家に持って帰る気じゃないでしょうね?」
御幸がジロリと俺を白い目で見た。内心、ドキッとしながらも
「そんなわけないじゃん!あんなに怖い目に遭ったんだから、御幸の神社でお祓いしてもらうよ」
「本当に?」
「うん!約束する。帰ったら速攻でお焚き上げしてもらうさ。」

電車に揺られて、御幸の神社の最寄駅で降りて、真っ直ぐ御幸神社に行って親父さんに、事情を話すと親父さんは、呆れて首を振り、お前がついていながら!と御幸を叱りつけていた。
責任を持って、御幸がお焚き上げをすることになった。彼女は、直ぐにお焚き上げの準備に取り掛かった。
その間、なぜか俺は胸がザワザワして落ち着かなかった。

何故か、処分してしまってはいけないような気がした。
俺は、黒い封筒からソッと便箋を抜き取ってから、御幸に封筒を渡した。

お焚き上げの儀式が始まって、黒い封筒は、黒い煙を上げながら参拝者が持ってきた他のお守りと一緒に燃えてしまった。

俺は、ポケットに密かに入れた便箋を、ギュっと握り締めながらそれを見つめていた。

「御幸。ありがとな。これで安心だわ」
「うん、よかった。もう大丈夫だと思うけど、心配だからしばらくお守り、持っててね。」御幸は、少し破れたあの赤いお守りを差し出して渡してくれた。
「心配性だなあ。御幸の力なら悪霊も退散したと思うけどな!」と笑って言った。

それから数ヶ月、何事もなく過ごしてあの奇妙な出来事も忘れかけていた頃だった。

突然、金縛りに襲われた。

また、身体が動かせなくて息ができなくなった。
うっすら目を開けると、今度は真っ白な髪の女が俺に跨って首を絞めていた。
俺は、必死で抵抗して、枕元のお守りを思い出して手を伸ばそうとした。

その時だった。

その手をガシッと掴まれてしまった。

女なのに、すごい力で押さえつけられて、抵抗しようと思っても、女の手は、全く動かず、びくともしなかった。

どうしよう!お守りが…御幸!!!助けてくれ!!!

と叫ぶと、一気に金縛りが解けて、何故か部屋の電気がついていた。
周りを見渡すと、誰もいなかった。バッと枕元のお守りを見ると、ズタズタに引き裂かれていて、何故か少し黒ずんでいた。

それを見て、背中にザワっとした嫌な汗が広がっていくのを感じた。
お守りは、その神々しさを失い、俺を守る効力が切れているのを感じ取った。

俺は真夜中にも関わらず、慌てて御幸に電話をかけた。
どうしたの?
御幸は、直ぐに電話に出てくれて、ほっとした。
先ほど起きた経緯を脂汗を掻きつつ、急いで話すと、御幸は

そウ…

と、だけ呟いた。

「御幸?」
「あ、アア、ゴメン。急いでそっちにいくワ」
「え?こんな夜中に?なんか悪いよ」
「ううン、大じょうぶ!光輝が心配だシ!」
「あ、ああ…わかった。じゃあ、待ってるわ」
正直、一人で朝を待つのが怖かったから俺は、御幸の言葉に甘えることにした。

ピンポーーーー…ん
数時間後、インターフォンが鳴ったので、モニターを確かめると御幸が立っていた俺は、急いで玄関のドアを勢いよく開けて、御幸!遅いよ!と言いかけて驚愕した。

そこには、全く知らない長い髪の白髪の女が立っていた。

どうしたの?大丈夫?

女は、ゆっくりと顔を上げながら問うてきた。

う、うわあああああああああああああ!

俺は、アパートの自室から飛び出て、階段を転がり落ちるように降りて、全速力で走って逃げた。

高台にある公園のベンチに座り込んで、グッタリと背もたれに寄りかかり、ポケットを弄った。幸いにも、スマホが入っていた。無我夢中で掴んで持ってきたらしい。

俺は、御幸に再び電話をかけたが…

この番号には、お繋ぎ出来ません

という音声しか流れなかった。さっきまで繋がったのに、おかしい。
今度は、御幸の実家である御幸神社の固定電話にかけると、御幸の母親が電話に出た。

俺は、御幸と付き合っている者です。と御幸の母親に軽く挨拶をして御幸を電話口に出してもらうように頼んだ。

すると…

御幸は…先月亡くなりました

と告げられた。

「え?????」

そんなはずはない、さっきまで電話で話して、家まで来てくれたはずが、白髪の女になってて…と思いかけた時に、また背中から嫌な汗がブワッと広がった。

その時だった。
肩の辺りに、生温かいものが近づいてきてジメッとしたものを頬に感じた。

黒い封筒、拾ってくれてありがとう。次は、あなたが頑張らないと、ね。

と耳元で、あたたかい息を吹きかけられるように囁かれて、

俺は、高台の公園のベンチから誰かに突き落とされて目の前が真っ暗になった。

それから幾星霜。
俺は、黒封筒を拾ってくれる人を、この公園で、待ち続けている。

誘いの封筒  完

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